光栄山蓮照寺

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住職のブログ

重機による解体(その2)

本堂客殿再建状況

7/31の解体状況をまとめてUPします。

今日の日記はかなり長いです。本堂の構造がしっかり見えたのでその説明がメインです。

浜縁から外陣の軸組。

真ん中に見える色彩の虹梁から内陣です。

天井が外されていくので元の本堂内のイメージがつかみにくくなっていきます。

 

 

本堂内より天井の外れた上に向けて撮影。

柱より太い丸太が井桁状に組まれています。ホゾが切ってある跡が左上に見えます。昔と機械はなかったので当然すべて手仕事で切ったはずです。釘を全く使わずホゾの組み合わせで組んであります。

 

 

丸太の梁を補強する角材は比較的新しい木もあります。後年に補強手直しして維持してきました。筋交い状にうってある角材も後で入れたと思われます。

明らかに木の色が違うのですぐわかります。

 

 

 

解体業者の休憩中に本堂内に入って内陣を撮影。土埃がどんどんたまっていきます。本堂内で御本尊を初め一番荘厳されているところが内陣なのですが、このような原型にどんどんと戻っていきます。丸柱にシールが貼ってありますが、解体前にこの部分は生かし取りして保存という希望で私が貼りました。

 

 

高圧ホースも届く範囲が限られているので、積んだ材木の上からかけてます。ちなみにポンプはガソリンエンジンをつかっているので結構騒音があります。

 

 

 

 

東西両側の壁を残しつつ、真ん中へ解体は進んでいきます。

真ん中を先にくりぬくことで土埃を極力外に飛散しない為とのことです。

解体手順が思った以上に丁寧です。最初は重機で一気にグシャッといくかと思ってました。

 

 

本堂の一丸太梁が下ろされました。

これだけ長いとそのままではトラックに乗らないので途中が切断が必要ということでチェーンソーで職人さんが切ってました。しかし、これだけ長い木を当時トラックもないのにどうやって山から運んできたのか、またも悠久の昔の頃を想像します。

 

 

短く切った丸太梁をクレーンで積んでいきます。

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置くときに結構独特ないい音で「ゴトッ」といいます。

人間で持ったら3~4人でもかなり難しい重さがあるはずです。

 

 

 

今職人さんが切った切り口を近寄って見てみました。

やはり切り口は新鮮でした。かなり虫が食っていて老朽化していたのは否めませんが、とても木のいい香りがしました。

 

 

 

真ん中下部に見える丸太梁がこの本堂で一番太い梁です。2尺5寸近くあります。一本ではなく途中で継いでありますが、これらの梁が重い屋根を250年支えてきたのです。そしてその下の柱がすべて均等に分散されその絶妙なバランスの荷重で保ってきました。コンピュータもなにもない時代に棟梁の経験と直感と神がかり的な知恵で見事に計算された骨組みです。

現代のような鉄筋コンクリートの基礎はもちろん何もなく、礎石の上に柱がのっているだけです。それでももったのは基礎にたよらず建物の独特な構造によるところであるのが明らかです。

 

私が事前に生かし取りをお願いしてある外陣の柱(角材)です。素材はサクラの木です。これをとっておいて数珠又は筆立て等に加工したいと思っています。

 

 

 

晴れ間が戻ってきました。乾燥すると埃が舞うので放水開始。

本堂の一番高い屋根の部分を解体していきます。

 

 

 

稲沢・陸田の檀家様がみえて、サルスベリの木を記念にほしいということで枝を現場監督さんに切ってもらっています。幹だけにして自宅に飾られるそうです。木が大好きな方でお寺の木ということでさらに思い入れがあるとのことです。

 

 

 

この一番上にシャチ瓦と鬼瓦がのっていました。奥に見える軒垂木がつぎはぎのように補強されていますが、4年ほど前に垂木にひびが入って折れかかっていたので地元の大工さんに補強で当て木をしてもらったものです。

正面に神社の鳥居(?)風に組んである角材もそのときやってもらった補強工事です。木が新しいのですぐわかります。その補強工事終わったときはその大工さんは「あんたが住職の間はこれで大丈夫!」と当時豪語してくれましたが、小屋組はOKでも他全体がとても持ちこたえる状態ではなかったので、今回の再建にいたったわけです。

 

屋根裏を下からみあげたところ。横に走っている太い黒色の角材の上を縦に垂木が何本も並んでいて、その上にまた横に竹がしかれ、そしてその上にスギ皮、その上に泥土、そした瓦という順番です。これを見た檀家さんが「屋根に竹が使ってあるとは知らんかった。昔は木が不足していたからかなぁ」といってました。それでも結果的に耐えて持った。よくもったなぁと思うとともに建て直す今だから安心してみてられます、以前だったら怖くてのうのうと見てられない。そういえば何年か前、蓮照寺本堂の屋根には材料不足で塔婆板がつかってあるらしいぞといってた方がいたのを思い出しました。どうやらそれは根拠のない都市伝説だったようです。あらためて見て長い間お疲れ様でした。という気になります。

 

竹で組んだ荒壁と太い丸太梁の間から見える斜めに渡した筋交いの薄い木。よくみると墨で字が書いてあります。

「蓮照寺」とかいてあるように見えたので、これも記念に生かし取りするよう現場監督と解体業者にお願いしました。ちょこちょこ好き勝手にオーダーしてすいません!と思いつつ、快くとってくれました。

 

 

地上に下ろした丸太張りの一部の虫食いがひどいのがありました。

 

 

 

 

手ではがすとこのようにモロモロ。。

これは火気があると空気も入るし一気にアウトなほど危険でした。

かろうじて芯が残っていたが、雨漏りして虫が食ったのか。こういうのを見ると限界だったのかなとやはり思いました。

 

 

ここまで進みました。

 

 

 

 

東側にある県営住宅の6Fにのぼり全景を撮影。

手前が妙栄寺さまの墓地。その奥が蓮照寺庫裡と解体中の本堂。その奥の切妻造の本堂が国照寺様。大和西小学校にプールも見えます。

東海北陸自動車道もみえます。

 

 

もうすこし南側の角度からとってみました。